人知れず、、、微笑まん

 樺美智子さんの遺稿のタイトルですね。
 高校同級生から謙哉の死を知って、投稿があったことから、ついこの表題を連想しました。
人知れず微笑まん」  謙哉はきっと微笑んでいるでしょう。

 はい、先週金曜日は、課題の起案が満足いく出来で完成したことから、大いに気分が高揚しました。
 こんな時は、高校時代に、立川澄人さんの日本語バージョンの「アネマエコーレ」を、大分川の土手や、城址公園の天守閣の土台の石垣の上で歌っていたものです。
「あの人の心を 探してみましょう 眠れない夜には 胸は重く あの人の微笑み 目に浮かぶよ
 胸のうちは せつなくて あの人を 呼ぶのに  答えはなく 響くだけ 囁く言葉も 聞こえない
 つらい心 隠しましょう 愛しい人のためだから  あの人は 僕の命だから」
「でもほんとは 寂しいのーさ」
 
激烈な片思いの歌として、歌っていたのですね。  おお、歌詞を覚えているねw

 はい、土曜日は母を施設に尋ねました。
 元気な様子、ホッとします。

 夜は、一土こん会で、ぽん太に集合です。

 この日は、謙哉さんの追悼と、メンバーの一人がこれまで続けていた稼業を三月末でやめたことの慰労会でした。
 楽しいひと時でしたw

 ただ、今日のいちこんラインで、これを最後とする旨の投稿する人が二人いました。残念なことです。
 もともと、いちこんは、ぽん太や井手口君を盛り上げつつ、舞鶴で一緒であった縁を大事にしようと言うだけの集まりで、来れる人が来ればよく、来れない人を責めたり、出席を強制するようなことは全くない会です。 だから、来れなければ黙って来なければいいだけなのに、わざわざ書いて、他の人の行く気を削ぎかねない、脱会宣言なんてするかなあ。
 僕は、この手の善意と言う名の悪意が苦手です。
 「大正炭鉱行動隊のテーゼ」て知らないんだろうな。

 まあ、仕方がない。ねw

 はい、昨日の朝散歩で、案山子さんの話が面白かった。

 彼ら東京水産大学の学生らが、相模湾の海岸で、ナマコみたいな虫をみんなで取り囲み、これを食べたらどうだなどと話していたらしい。
 案山子さんは、卵は食べたが、身は固いなどと話していたら、後ろから、「固いね」と言う言葉をかけられたらしい。
 すると、案山子さんの前でかがんでいた級友が突然直立不動の姿勢をとったって。
 で、後ろを振り向くとそこにいたのは、、、、はい、答えは最後にね。

 今日の散歩は、先ずは近所の藤棚についてのお知らせです。

 今年は桜もそうでしたが、なんか花が咲くのが早いね。 
ツツジもねw

 はい、合掌。

 と言うことで、今週も今日から。   よし、頑張りまーすw  またねw

 で、先ほどの答えは、

 「昭和天皇陛下」 です。

 何だか、凄いねw

投稿者: mitsui

福岡県久留米市生まれですが、一つのときから大分で育ち、ほぼ生粋の大分県人です。 家業が屋台のおでんやでしたので、おでんの産湯で育ったとお想い下さい。小学生の頃の夢をかなえた幸せ者ですが、その分夢現の境無く事件に追われまくっている毎日です。 それでも、被害者支援をライフワークとして最晩年を過ごせる喜びはまた深いですよ。 

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